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『金の草履』  (4)




壕で出会ったその日から、麻子はテルと行動を共にするようになった。

 テルは暗い顔を一切見せず、元と智子を明るい笑顔で包み、愛子はなにくれとなく赤ん坊の百合子の面倒をみた。

 
 人見知りをする智子が愛子に心を開き始め、束の間の家族のように子供たちが心を寄り添わせ始めた。あけっぴろげで遠慮のない明るい性格のテルが、昨秋のある日、すさまじい爆撃音の中からぬちびれー(命拾い)したさ、とぽつりと麻子に言葉少なに語った。

 あの日、はぐれてしまった妹の子、愛子が麻子の幼い子供たちを見るまなざしと、時折見せる寂しさのにじんだ表情は、あの爆撃音の中に埋もれていった彼女の幼い兄弟たちに向けられたものでもあった。にこにこと笑顔の影で、多くを語らないテルもまた、麻子に自分の妹の姿を重ねていたのだろう。

 

明るい間身を寄せる避難壕は人の手で掘った人工の洞穴や、元々崖下のようなところにあって草で覆い隠されてしまう墓穴のような小さな洞穴、また大きな自然壕のようなところと様々だった。


 小さな墓穴のような洞穴を目にするたびに、麻子の心の奥でチリチリといつまでも消えない火花がくすぶり続けた。

 

 


 突き出た岩盤の真下に、ぽっかりといくつも長屋が並んだような墓地。

 年に何度か人の手が入らなければ、ぼうぼうに伸び放題の雑木林のなかの小さな道を、草を踏みしめていったところに夫の家の墓があった。

 初夏の日差しと草の匂いに包まれて額の汗を拭いながら重箱を運んだ、ほんの数年前の穏やかな休日。


 崖のような岩盤の軒の上から、自然の中に自生するサルスベリの枝が腰を曲げ、お辞儀をするように崖下の小さな広場に顔をのぞかせている。サルスベリの花の色は、夏の到来を告げていた。


 墓参りで訪れたこの場所で、夫は持参した鎌で垂れさがる琵琶の葉やねむの木の細い枝葉や雑草をきれいに刈り取った。

 可憐な花をつけるサルスベリの枝だけはそのままに、夫は幼い子供たちを桃色の花の下で代わる代わる高く抱き上げた。


 わんぱくな元は隣の墓所との境の塀によじ登り、


 「りょうー!ここまで上ってこーい!」

とすぐ下の弟、了を呼んだ。


 夫、聡の面影にそっくりな小さな了は、父の腕に抱かれたまま下から兄を見上げ、


 「にいにい、ヤールー(やもり)がいる!あー!にいにい、あれ取って、取ってー。」


 と、野生の木になる濃い紫色の木の実を元にねだった。

 聡が元に声をかける。


 「元にいにい、気ぃつけろよ。」


 元は父と弟に向かってにこっと笑い、器用にするすると木の枝を伝って岩肌を登っていった。了にねだられた桑の実を、ポケットの中で押しつぶさないようにそろりそろりと下りてきて、弟の手に乗せてやった。

 「わー。にいにい、だいじ、だいじー。りょおのだいじー。」

 まだまだ幼い兄は、掲げた桑の実を一粒つまんで弟の口に、一粒を自分の口にぽいっと放りこんで笑った。

 姉兄弟は、墓の前に仲良く腰をおろして桑の実を口に運んだ。細かいひげの生えた紫のつややかな小さな木の実は、甘酸っぱい初夏の思い出を残した。


 聡が片結びにした緑色の草の魔除けを作り、それぞれの子に与える。柔らかい風に吹かれて、切りそろえられた智子の前髪が揺れた。


 小高い丘の上の墓を背にして振り向くと、眼下に泉崎の村とその先に広がる静かな海が見えた。


 サルスベリの桃色の花の下。夫がいて、子供達の笑い声の中に了がいた。麻子は当たり前のようにそんな光景を穏やかに見ていた。

 






| 『金の草履』 | 00:05 | comments(2) | - | |
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光景が見えるようです。
続きどうなるのかなあ。
| まつぼっくり | 2010/08/05 10:24 PM |

まつぼっくりさん

季節が廻るように、あの頃の若い母親がひとりでどのように生きていったのか

少しでも想いを馳せていただけたならとても幸せです
| PEAR | 2010/08/06 1:04 AM |












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