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<< 『金の草履』  (4) | main | 2010年 8月6日  >>
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『金の草履』  (5)


Photo by Twin Moon


秋の始まりのある日、大きな爆撃音が町全体を揺るがした後、しばらくして了は小さな体を病の床に臥した。


 戦地に赴いた夫不在の日々。
 ありとあらゆるすべてのものが焼け落ち、なにも無くなった南の町から、命からがら親戚の家に身を寄せたその片隅で、了は日に日に衰弱していった。


 生まれてから決して丈夫とはいえない了の小さな体にのしかかる病。長引く病状を軽くしてやる手だてもないまま、重苦しく時間だけが過ぎていった。

 その朝、麻子は了の顔を拭いてやってから二人の子を呼んだ。

 「智子、元。了の顔を見てごらん。ほら、きれいな顔をしているでしょう。」


 智子が震えを抑えた声で言った。


 「了、とうちゃんにそっくり。」


 病の子を診てくれる医師とていない、ましてや薬などない、空を仰いでも誰も手を差し伸べてくれるはずもない現実。なすすべのないまま、麻子の心はちぎれそうだった。


 目を閉じたまま、了が消え入りそうな声で言った。


 「にいにい。・・・手ぇがさむい・・。手ぇがさむい。」


 元が弟の小さな手を両手で包み、温かい息を吹きかけてやった。何度も何度も。


 ふっと目を開けた了は兄と姉を見た。それから麻子の耳元にしか届かないような小さな声で、


 「かあちゃん・・・。薬飲みたいよぅ・・・。」


 喘ぐような息の間からそうささやいて、再び了は目を閉じた。

 


 あの日から元の声が出なくなった。

どんなに声を出そうと口を開けても、のどの奥からはひゅうひゅうと乾いた空気が漏れるだけだった。


 麻子には、あのサルスベリの花の下で桑の実を食んだ場所にひとり葬られた弟が寂しくないようにと、幼い兄は自分の声を小さな弟の亡骸に寄り添わせたように感じて仕方なかった。


 ちぎれた心から噴き出した血しぶきの重たい感情。
 噴き上がった赤黒い血潮がそのまま降りかかって、麻子の体を隅々まで重たい色に染めた。


 つい今しがたまでこの手の中にあった了の命。
 子供を死なせてしまったという焼けつくような想い。自分を責めても責めても、答えの見つからないうつろな想いと深い哀しみに支配されて、心は焼け野原をさまよった。

 そして、麻子に残ったのは日に日に形を変えていく、生きるという現実と、三人の子の手の中にある未来を守ることだけ。

 


 子を失った悲しみを認識する間もなく始まったあてのない旅。周りに促されて道しるべもないまま歩き始めた。次第に道は険しくなっていった。

 夜の間、何が待っているのか見当もつかないまま北を目指して歩いた。命を繋ぐ食べ物を探して森の中をさまよった。


 元と智子はくーびの実を袋にいっぱい取ってきて、水分代わりに腹を満たした。もうすぐ一歳になる百合子の口にも入れてやった。


 物心もつかないうちに母の背中にくくりつけられて、戦の中を逃げ惑ううち、百合子はいつしか赤ん坊らしく大きな声で泣くことをしなくなった。背中で麻子の鼓動を通して母の感情を読み取るのか、泣くときはヒックヒック・・、と小さな声でしゃくりあげるように泣いた。


 智子がくーびの実をつぶして百合子の口に入れてやると、「ンマ、ンマ・・」としゃぶるように可愛らしい声をあげた。


 「かあちゃん、百合子がおいしいって言ってる。そうか、おいしいの。百合子、いい子だね。」


 百合子はいい子だ。大きな声で泣きもしない。智子も元も三人ともみんないい子だ。

 麻子は心の底からそう思った。この状況の中でも、幸せと思える瞬間をこの子らからもらっている。もう誰も死なせはしない。絶対に一人として手放すもんか。

 






| 『金の草履』 | 00:05 | comments(10) | - | |
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| - | 00:05 | - | - | |

毎日読んでいます。
明日は原爆記念日。
私の親戚の子が、ドーム前で花輪を飾る役になったようです。
父が生まれた広島。
そのことを、忘れないようにしようと思います。
| けさく | 2010/08/06 1:09 AM |

凄い写真ですね。
色合いがすごい!!
なかなか素敵です。



| ロング | 2010/08/06 7:57 AM |

智子ちゃんや元くんの表情とかを想像しながら読んでます。
文章から映像が浮かぶのは、やはり文章にパワーがあるのだと思います。
PEARさんの地元では、周りにいろんな戦争体験された方がいらっしゃるでしょうね。
そうしたことを忘れないことが大事ですね
| かおり | 2010/08/06 9:06 AM |

泣けた。
PEARさん今の世の中は平和ボケしているのでしょうかね。
こうしたことを忘れてはいけないと思います。
私は亡き師に作り手の思いにすっぽりはまるタイプだと言われました。
「さとうきび畑」だったでしょうか?
さんまさんが主演したテレビドラマ。
あれを観てひとり号泣したときのことがよみがえりました。
| kokeobasan | 2010/08/06 7:24 PM |

こんな状態の中で生き抜いて行くこと・・・・・・
選択肢など何もない世の中・・・・・
子どもたちの澄みきった心が痛々しいです。
| まつぼっくり | 2010/08/06 11:28 PM |

けさくさん

今の平和が、どのような歴史の上に成り立っているのか、忘れないようにしたいですね

お父さんが広島の方なんですね
こどものころ、原爆展を見て直視できなかった記憶があります
犠牲になるのはいつでもなんの罪もない人々なんだ、と思ったものです

忘れてはならないですね
| PEAR | 2010/08/08 12:41 AM |

ロングさん

写真を通してなにか訴えかけられるような色ですね
Twin Moonさんはいつもタイムリーな写真を提供してくださいます
| PEAR | 2010/08/08 12:43 AM |

かおりさん

いつもありがとうございます
戦争の中で、子供たちがどんな想いでつらい時期を過ごしたのか

みんなが笑って暮らせる平和な時代は尊いものですね
| PEAR | 2010/08/08 12:47 AM |

kokeさま

戦争を生き抜いてきた人々にはその数だけの戦いがあったのだろうな、と思います

麻子の戦いがどんなものなのか、想いを馳せながらキーを叩きました
| PEAR | 2010/08/08 12:53 AM |

まつぼっくりさん

どんな時代の子供たちの上に平和があるよう祈らずにはいられません

死ぬか、生きるか
あるとすればこの選択肢だけの時代
| PEAR | 2010/08/08 12:57 AM |












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