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<< 2010年 8月6日  | main | 『金の草履』  (7) >>
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『金の草履』  (6)


Photo by 由美太っ♪


 夕方から姿の見えなかったテルが、愛子と連れだって息を切らして戻ってきた。二人とも土まみれになっている。


 「麻ちゃん、左奥のほうにずっと行って、海に下りていくところに畑があった。まだ芋が収穫されずにあったから、盗ってきたよ。あんたも行って掘ってきなさい。食べておかんと。」


 「人の畑から?テルさん、ひとの物を盗むんですか・・・・?そんなこと・・・・。できません!」

 
 麻子の答えにテルは一瞬きょとんとした。が、次の瞬間、目を吊り上げてすごい剣幕で麻子を怒鳴った。

 
 「なんだって?今なんて言った。盗めませんだって?あんた、ここは女学校じゃないんだよ。いつまでお嬢ちゃん気分でいるんだい。麻ちゃん、あんた、つくづくどんくさい子だね!ぐずぐずしてたら、弾に当たって死んでしまうかもしれないんだよ。食べなければ体が弱って、黙っていても死んでしまう。

これまで何人も、弱って歩けなくなった人が置いて行かれるのを見て来たんじゃないのかい?」

 
 麻子が答えようとしたそばから、テルが続けた。

 
 「は、あんたはいいさ。仙人のように食べなくても生きていけるって言うならね。でも元や智ちゃんはどうなる?百合子はどうなるんだい?麻ちゃん。いいかい?今は、生きて地獄の中にいるんだよ。この地獄がいつまで続くのかもわからない。持ってきたものだってどんどんなくなって、みんな飢えてる。だれということはない。今ぬちびれえ(命拾い)してるどんな人だって、明日はどうなるかわからない。あんたはね、あんたの子供はあんたの手で守って行くしかないんだよ。甘えたことを言ってるんじゃないよ!うちはこの愛子と自分を、この体を張って守っていく。こんな地獄の中では誰だって他人に恵むものなんかありゃしないんだよ!人には頼れないんだ。盗まなければ生きていけないときだってあるんだ!」

 
 厳しくテルに諭されている間、智子が麻子のそばに寄ってきてうつむき、両手の爪をパチパチと小さく鳴らしてうなだれた。母がいつも明るいテルに厳しく怒られている。テルの言葉を麻子を通して智子が小さな体で受け止める。
 
 感受性の鋭い智子の手を、愛子が素早く自分に引き寄せた。
 (智ちゃん、かあちゃんは大丈夫だから。心配しなくていいからね。)
 (愛子ねえねえ・・。)
 一番年長の愛子は子供の居場所を本能で知っていた。
 


 テルの厳しい言葉は麻子の胸にことごとく突き刺さった。 
 生きていくために盗る。善良な人間が生きていくために小悪党になる。
 正しき道を行け、と教えられてきた。今は明日に向かうために、人のものを盗らなければならないと教えられる。明日を迎えるために・・・。


 この中の一人一人に明るい日々があった。だれにも、暦をめくれば確実に明日という日があった。ついこないだまでは。今はテルが言うように、生きて地獄の日々。めくった暦がそのまま今日で止まってしまうかもしれない。いったい何枚暦をめくれば、あの穏やかな日々が戻ってくるというのか。


 厳しい言葉とうらはらに、テルは麻子の手を握りしめた。

その手の感触に、麻子は早世した姉の八重を思い出した。ことあるごとに麻子を叱責した八重の声がよみがえった。


 「麻子!まったくあんたは!母さんが甘やかして育てるからこんなろくでもないもんになるんだ!学校の勉強が出来ればいいってもんじゃないんだよ。ほんとに世間知らずのろくでなし。布団も畳もカビが生えてそのうち腐ってしまうでしょうが!」


 女学校の制服のスカートに水を打って布団の下で寝押ししていたのを八重に見つかったときのことが、くるくる回る灯篭の影絵のように思い出された。

 八重は麻子にいつも毒舌を吐いた。麻子は、八重が亡くなってからも、ずっときつい姉だったと思ってきた。


 「麻子、あんたは大きくなってもろくなおとなにならないね、きっと。」


 その通りかもしれない、姉ちゃん。私はろくでもない母親だ。


 (だったら、麻子。今日から、今の今から、しっかり母親になりなさい。)


 テルの力強い手の感触を通して、八重の声が聞こえたような気がした。





| 『金の草履』 | 23:27 | comments(0) | - | |
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