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『金の草履』  (7)




その日の夜空は上陸してきた敵が、いよいよこの島の懐深くに攻め入ってきたと、避難民のあちこちから漏れ聞く噂が本当のことのように、爆撃弾が暗い空を橙色や金色の火の玉で彩った。

 「あんたらも早く次のところを探した方がいいよ。こないだの湾のところから北と南に分断されて、南側にいる人らはもう北上出来なくなってるって話だよ。」
 
 新しい情報をテルにささやく人がいた。
 
 そのすぐそばから、坊主頭のにいにいが
 「あい、おばさん。ずっと南から逃げてきた人がそのあたりで木に引っ掛かってる人の腕を見たってよ。」
 
 どんな状況が待っているかわからない。でも、そんなむごい光景を子供たちの目に焼き付けたくない。テルと麻子も粗末な荷物を抱えて、子供らと先を急いだ。

 愛子が智子の手を引き、元の手を麻子とテルがしっかり握ったまま、海が近いことを示すフクギの木の中でダダダダッ、ヒュンヒュン・・・と遠くから聞こえる戦の音を見上げた。

 南の山の向こう側で炸裂する光の尻尾が、しばらく身動きできず、空を見上げてたたずむ六人の姿を浮き彫りにしていた。

 

夜明けも近い。


 どこか、身を隠す避難壕を探して行かなければ。夜が明ければ爆撃機が飛んでくるかもしれない。


 こんなときでも麻子には不思議と恐怖心は起きなかった。
 感覚が麻痺してしまっているのだろうか。いや、そうではない。生きていかなければならない。空腹と闘って命を繋ぐ戦と、敵の砲撃から逃げて逃げて逃げ伸びて、命を守る戦。その両方に立ち向かっていかなければならない。恐怖を感じている間がなかったのだ。

 東の空から太陽が姿を見せる前にどこかに隠れなくては。

 

林の中の奥深く、ようやく麻子たちは大きな自然壕に辿り着いた。
 入り口から少し下っていくごつごつとした岩肌を伝って、その下方に大きな口がぽっかりと開いており、その入口は亜熱帯地方特有の大きな木の濃い緑色の葉に覆われている。ずいぶん深い自然の壕のようだ。
 
 林の奥ももうすでに明け方の色に染まっており、自然が目覚める時刻を示している。  


 先ほどまでの爆撃音にたくさんの人々が身を潜めている様子だった。入口近くの人が新たな侵入者を見上げて、ここは満杯だよというような表情を見せた。それでも引き返すわけにはいかない。


 麻子は百合子をおぶったまま、智子との間に元を挟んで、傍にぴったり引き寄せた。テルと愛子は反対側の隙間に身を寄せた。


 大きな壕の中に入ってしまうと、入口を覆いかくすような草と枝葉でふたをされて、日差しが眩しくなってくる季節というのに薄暗闇が広がった。


 昼間であろうと夜であろうと、暗がりの中に逃げ込むと安心感があった。
 平和な時を過ごしている頃には、闇には得体の知れない恐ろしいものが潜んでいて、決して足を踏み入れられない場所だった。今は自分を脅かす何者かから、漆黒の衣を一枚まとって体を遮ってくれるような安堵があった。

 麻子はやっと収まった空間で、自分と三人の子の上に闇の衣を被って息を整えた。

 これで少しだけ目を閉じることができる。麻子がそう思ったときだった。


 壕の奥から言い争うような低く野太い男の罵声と、若い女の悲痛な声と赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。一瞬のうちに入口付近にいた麻子の回りの人々にも、緊張が走った。押し問答の末、声を押し殺した女の悲痛な嗚咽がひたひたと伝わり、赤ん坊の声が途絶えた。

 壕の中に響いた若い女の声は、誰の耳にも痛みを伴って聞こえた。






| 『金の草履』 | 22:57 | comments(0) | - | |
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