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『金の草履』  (11)


Photo by 由美太っ♪

 「つきぬ〜かいしゃ〜とぅかみいか〜♪みやらびかいしゃ〜とぅななつ〜♪ほ〜〜い〜ちょう〜が〜♪」*1

 智子と元の歌声が麻子の耳に遠ざかっていくように聴こえた。夫がよく子供たちに歌って聴かせていた歌。

 あるからありよるうふつきぬゆ〜♪うちなんやいまんてぃらしょうり〜♪*2
 
 雨があがったらきっと今夜は月がきれいに見えるね・・・。




 「マンマ、マンマ・・・。」


 百合子の可愛らしい声と乳房をまさぐる小さな手の感触で目が覚めた。


「ん・・、百合子・・。百合子、智ちゃんは?ねえねえとにいにいはどこ?」


 傍にいるはずの智子と元の姿が見えない。いつのまにか眠り込んでしまった間に雨はあがったようだ。外は白いもやがかかっていた。
 室の中を見回してもどこにもふたりの姿がない。


 今、何時頃だろう。雨がやんでふたりで外へ出たのだろうか。


 「智子!元!」


 急いで百合子を背中におぶって麻子は外に飛び出した。

 雲の間から姿を現した太陽の光がゆっくりと大地を温め、地表に染み込んだ雨水との間に気温差を作り、あたりは白いカーテンに覆われていた。


 ゆらゆら揺れる白い薄絹の間を、麻子は子を探して走りまわった。


 「ともこー!はじめー!」


 夕暮れが近い時間とはいえ、まだ明るい。どこかに潜んでいるかもしれない敵に見つかるかもしれない。いや、人の顔をした鬼がいるかもしれない。
 
 あの、ぽっかり口を開けていた壕の中の重苦しい空気を思い出して、麻子の鼓動が速くなった。指の先がじんじんする。智子、元、どこにいるの?あんなにかあちゃんのそばから離れてはいけないと言い聞かせていたのに。

 
 「ともちゃぁぁん!はじめぇぇ!」

 
 森の中の木々の葉たちが、子を求めて走り出した麻子の袖を濡らした。

 

濡れた大地は麻子の裸足に絡まるように、ねっとりとした感触を伝え足を取ろうとする。そのたびに麻子はしっかりと湿った土を踏みしめ、百合子の重みを自分の両足にかけて走った。

 
 子供ふたりでそんなに遠いところに行けるはずはない。森の中で迷ってしまったのかもしれない。暗くなる前に探し出さなければ。


 「智子ぉ!はじめー!どこにいるの!」


 天蓋のように森を覆っていた緑の屋根がぷつんと切れた。傾いた陽の光が麻子と百合子を照らした時、


 「かあちゃぁぁん!」


 麻子が向かう先に遠くから声が聞こえた。元の声だ。


 「かあちゃぁぁぁぁん!」


 智子の声が重なった。ああ、ふたりとも無事だ。元気な声だ。


 「ともこぉぉ!はじめぇぇ!」


 声の方向に麻子の背丈ほどの斜面をよじ登って行った。こんもりと茂った低木の間を抜ける時、くちなしの花の香りがした。

 

急に目の前が開け、小さな広場が姿を現した。心がぎゅと何かに掴まれたような気がした。智子と元が飛びついて来た。


 「かあちゃん、かあちゃん!」


 「智子!元!どこに行ってたの!かあちゃんから離れてはだめっていつも言ってるでしょう!」


 「ごめんよぅ。かあちゃん、疲れて可哀想だったから元とくーびの実を探しに来たの。そしたら・・・。」


 ふたりとも・・・。
 かあちゃんが可哀想だと思ったの?馬鹿だね、あんたたちと一緒だもの、可哀想なわけないさ。馬鹿だね。


 麻子は二人の子の体を両手で強く引き寄せて抱きしめた。








*1 ちょうが節     八重山地方の民謡
*1*2                 ♪月が一番美しいのは十三夜 乙女が一番美しいのは十七歳
              東からあがるお月様、沖縄も八重山も照らしてください♪

              http://w1.nirai.ne.jp/mic/tukinu.htm(メロディはここから♪)




| 『金の草履』 | 00:05 | comments(4) | - | |
『金の草履』  (12)


Photo by 明太子2

 

「かあちゃん、あのおじさんが・・・。」


 智子が抱きついたまま、後ろを振り返りながら指さした。

 
 小さな広場のように思えたその場所は奥に向かって広がりを見せていた。ゆるやかな斜面に作られた畑のずっと先に海が見える。この山深い地の住民なのか、ちょうど麻子の父ほどの年齢の人が、切り株に腰かけて親子を見つめていた。とても穏やかな顔をしている。

 

麻子は二人を自分の後にまわし、体を硬くした。なんと言っていいかわからない。

 
 「あの・・・。」

 
 日焼けした顔をほころばせながら、その人が言った。

 
 「あんたがこの子たちのお母さんか。姉さん、いい子が二人もいていいね。おや、もう一人背中に可愛い子もいる。」

 
 「あ!」


 元が、止める間もなく麻子の後から飛び出して行って、そのおじさんの手から二本の芋を取ってきびすを返し、一本を智子に渡すとこう言った。


 「おじさんがねえねえと元にくれた。これ、かあちゃん、食べて。」


 麻子に芋を差し出しながら、智子が元と口を揃えるように言った。

 
 「ほんとだよ、かあちゃん。おじさんからもらったものだからいいんだよ。かあちゃん、食べて。」

 
 おなかが空いてたまらないはずの幼い子供たちが母に芋を差し出す。かあちゃん、これ食べて。盗んだものじゃないから大丈夫だよと。

 
 状況もわからず立ちつくす麻子にその人が声をかけた。

 
 「この子たちが木によじ登って桑の実を集めているから、お腹が空いているだろうと、声をかけて蒸かし芋をあげたら食べないわけさ。かあちゃんにあげるといってね。珍しいねぇ。姉さん、あんたの子供たちは本当にいい子たちだよ。」

 
 母が疲れて眠りこけている。その姿がどんなふうに智子と元に映ったのだろう。ふいに麻子の目から涙があふれた。

 
 百合子をおぶって立ちつくしたまま、ぬぐってもぬぐっても涙はあふれ出した。

 「かあちゃん、食べてもいいんだよ。かあちゃん、食べて。」

 
 智子と元は食べて、食べてと麻子に抱きつく。


 あの日から、麻子の中で封印してきた涙が、智子と元の手にぽたりぽたりと落ちた。


 「姉さん、食べなさい。あんたが泣いていると、ほら、よけい子供たちが心配して食べなくなるよ。安心して食べなさい。わらばーたー(子供たち)も、かあちゃんの分もあるから大丈夫だから食べなさい。」


 麻子はこらえきれない涙のそばから、ゆっくりその人に深く頭を下げた。


 その日その日を生きるのにだれもが精一杯の時。見ず知らずのみすぼらしい親子に心をかけてくれる。人の情とはこんなに温かいものだったのか。

 
 「ありがとうございます・・。なんとお礼を言っていいのかもわかりません。ありがとうございます、ありがとうございます。」

 
 子供たちとほうばった芋はこれまでのどんな食べ物よりも甘く、人の心の温かさとともに腹の底に染み渡った。

 

その畑のそばに一本の桑の木が立っていた。智子と元は特別な想い出のこもった桑の実を袋から取り出して、

 
 「かあちゃん、これ。」

 
 と麻子につまんで見せた。麻子は、

 
 「うん・・・。」

 
 とうなずいて遠くに思いをはせた。それは智子も元も、同じ想いだった。

 桑の実が生る、もうそんな季節なんだね。ここは遠くに海を臨む、あの子が眠る場所に似ているね。





| 『金の草履』 | 00:05 | comments(6) | - | |
『金の草履』  (13)




 日暮れが近い。西の海に太陽が徐々に傾いていく。そのまま眺めていると、今がどのような時なのか忘れそうだった。


 蒸かし芋でお腹を満たした智子が、麻子の背中から下ろした百合子と草の上に座って手遊びをしている。元気な元が斜面近くの木立の中から、くちなしの花びらを摘んで姉と妹のところに戻ってきた。百合子が白い香り高い花びらを両手で振りまいて遊ぶ。子供たちの笑い声が響く。
 
 三人の子供たちの遊ぶ姿を、目を細めて見ていたおじさんが穏やかに口を開いた。

 
 「姉さん、子供を連れて一人でここまでよく来たね。聞けば南の町から来たってね。ここは山奥だから幸い今のところ被害もあまりないけれど、南は大変だっただろう。」

 
 「はい・・。なにもかも焼けてなくなりました。」

 
 おじさんは瞳に哀しい色を浮かべた。

 「そうか・・・。南の親戚が避難してきている近所の人から聞いていたが・・。」

 山深いこの広場に、蝉の鳴き声が夕暮れに向かって降り注ぐ。短い一生を生きる虫が、こんな時代だって与えられた命を一日一日懸命に生きている。

 切り株に腰かけて組んでいた両手を静かにほぐして、おじさんは上体を起こしてひざをたたき、優しく、しかし、力強く麻子に言った。


 「でもね・・。姉さん、いくさゆー(戦の時代)ももうすぐ終わる。きっと終わるからね。あんたも大変だろうが、こんなにいい子たちがいるんだ。頑張って生きていきなさいよ。」


 生きて地獄を来たけれど、こんな状況の中でも仏のような心を持ち続けている人がいた。一人ぼっちだった私を助けてくれる人たちがいた。テルの言うように私にはふぅがあったのかもしれない。

 
 「はい。」
 
 おじさんはふと遠い目をして、海を見ながら言った。


 「おじさんにも待っている人がいるんだけどね・・・・。」

 (えっ?)

 すぐに返事の出来ない麻子を振り返って、おじさんはやさしく包み込むように笑って言った。

 「今日、あんたたちに会えたのはね。いや、神様が会わせてくれたのかもしれんね。」

 「神様・・・。」

 「うん。」

 おじさんが海の見える斜面近くを麻子に指し示して言った。

 
 「姉さん、ほら、あれを見てごらん。あそこに草履がある。あんた、ここまで裸足で大変だっただろう。あれを履いて行きなさい。」


 雑草の生える大地の草を踏みしめたところに、草履の束が置いてあった。

 

そんな・・・。

 
 麻子の心情を咄嗟に読み取ったように、答えを待たずにおじさんが続けた。

 
 「姉さん、なにも心配しなくていいよ。あの草履はね、きっと神様があんたに用意してくださったものだから、遠慮しないで履いていきなさい。」

 
 「神様が・・・?」


 おじさんは穏やかにうなずいた。


  

 

 神様が私に用意してくださった?神様は私を許して下さるというの?


 麻子の心の奥でずっとわだかまっていた塊が、氷が融けるようにゆるゆると柔らかい雫になっていった。融け出したその雫は、麻子の目から温かいものとなってあふれだした。

 
 私は了を救えなかった。あんなに小さいのに最後まで生きたいと願っていた了。

 
 カアチャン、クスイヌミブサン・・・(かあちゃん、薬飲みたい・・)


 了の最後の言葉が今もずっと麻子の耳の奥に残っている。


 ごめんね、了。かあちゃん、どうにもしてやれなかった。

 





| 『金の草履』 | 00:05 | comments(4) | - | |
『金の草履』  (完)


Photo by Twin Moon

 


 差し伸べたこの手から、小さな了の手がとうとう離れていったあの瞬間から、麻子は自分に刃を向けて生きてきた。鋭い切っ先は青白く、どんなときでも麻子の心の中で冷たく光っていた。

 なんで了が死んだのに、私が生きているの。なんでなにも悪くない了が死んだのに、こんな私が生きているの。

 こんな私を神様は許して下さるというの?



 おじさんが静かに麻子に話しかけた。

 「子供たちが桑の実にだれかを見ているね。あんたもつらい想いをしてきたんだろう。」

 麻子はこみ上げる涙を感情のままに、小さくうなずいた。

 「この島が戦争に巻き込まれていって、南の町が大空襲で焼けてから、うちのおばぁがね、草履を編み始めたわけさ。」

 麻子はじっとおじさんの話を聞いていた。

 「おじさんの息子が去年の夏休みにひょっこり帰ってきてね、これから、もし戦争の色が濃くなっても職場を離れられなくなるはずだから、しばらく帰ってこれないからと言って。おばぁの顔を見に来たさぁと言ってね。」

 おじさんの声が震えたように感じた。

 「その息子が南に向かった。あの空襲のちょっと前だった。」

 激しく鳴いていた蝉の声が、いつのまにかしゃんしゃんしゃんと鳴く夕方の蝉の声に代わっていった。

 「ひどい戦況が伝わってもおばぁは草履を作るのを止めようとしないわけさ。昔のようには目も利かないから、時間かけて毎日毎日草履ばかり編んでね。」

 「おじさん・・・。」

 「うん。もうやがて九十近くなるのによ。ながぬち(長生き)した先にいくさぬゆーが待っているとは・・・。」

 時々、片足を傾ける左の膝を撫でるようなしぐさをしながら、おじさんは麻子の顔をまっすぐ見て続けた。

 「息子が帰ってくるのをもちろんおじさんも信じているよ。だから・・・うちのおばぁが草履を作るのを止めないのもよーくわかる。」

 「たまっていく草履の束をトートーメー(仏壇)に供えて、おばぁも履いてくれる孫をずっと待っている。なにも言わなくてもわかる。」

 夕暮れの海の匂いがした。

 「今朝早く、そのおばぁがね、おじさんに言うわけさ。」
 「ケンスケ、うまがぬちゃーぬ、やがてぃけーてぃちゅうさ。はるんかい行ちゅんれぇ、うり持っち行けぇ。」
 (孫たちがもうすぐ帰ってくるよ。畑に行くんなら、これを持っていきなさい。)

 麻子はおばぁの気持ちが痛いようにわかった。命あるうちならなんでもするから、私で出来ることがあればなんでもするから、どうか、私の了を返してください。

 「おじさんにもおばぁの気持ちがわかるから、雨があがってからここに来た。うちのおばぁの言うとおりだった。あの子供たちがいた。」

 おじさんは本当にやさしい目で三人の子供たちを見た。

 「いろんなつらい思いをしている人がたくさんいる。あんたの子供たちがここにやってきて桑の実を一心不乱に取っている。そしてあんたが現れた。みんな裸足でここにやってきた。」

 あふれる涙はぬぐってもぬぐっても流れた。

 「だからね、あの草履はあんたが履くためにあるものだ。わらばーたー(子供たち)にも履かせてごらん。」




 おじさんの話を聞きながら母が泣いている。
 元が麻子のそばに飛んできた。智子が百合子を抱っこして麻子に寄り添う。
 
「かあちゃん。泣くなよぅ。大丈夫さぁ。帰ろうよぅ。」


 元が言った。おじさんは静かに微笑んで麻子たち親子を見ている。

 
 
そうだね。帰ろう。智子、元、百合子。了の待ってるあの場所にみんなで帰ろうね。

 
 
麻子は涙をぬぐって静かに草履の束をその胸に抱き、おじさんに深く頭を下げた。

 孫の無事を信じて待つおばぁの気持ちの染み込んだ草履。ひとつひとつにおばぁの魂がこもっている。

 麻子はひざまずいて元の足と智子の足の泥を払ってやりながら、少し大きめの草履を履かせた。それから静かに自分の足を草履の鼻緒に滑り込ませた。


 
 麻子は顔を上げた。

 ここから、子供たちと一緒に必ず帰ろう。この草履を履いて力強く歩いていこう。この先にどんなことがあったって、うつむかないで生きていこう。険しい坂道だって踏みしめていけば必ず頂に辿り着くはずだ。

 だって私はひとりじゃないんだから。智子が元が百合子がいる。そして、了がいる。


 
 麻子の心に新しい風が吹いた。智子と元が麻子としっかり手を繋いで立ち上がった。

 

太陽はゆっくりと海の向こうに沈もうとしていた。海原にまっすぐ、金色の軌跡を残して。



 
                                完

 




| 『金の草履』 | 00:05 | comments(10) | - | |
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